過去から現代への障がい観の変遷:ICIDHからICFへの進化 Part2
パート1では共生社会の構築と社会的意識の変化について学びました。パート2ではICIDHからICFへの進化を学んでいきましょう。国連や世界保健機関は、世界中の人々が健康的で文化的な生活を送るための基準として、国際分類ファミリーを制定してきました。
障がいを3つのレベルで考えていた
国連や世界保健機関は、世界中の人々がどこに暮らしていても健康的で文化的な生活ができるように、さまざまな国際共通の分類を作ってきました。このような分類は「国際分類ファミリー」として知られています。
障がいを捉えるには、従来の病気の分類であるICD(International Classification of Diseases)だけでは不十分であるとの認識から、1980年にICIDHとして知られる国際障がい分類が制定されました。これは、障がいについても国際的な分類や基準を改めて考える必要性から生まれたものです。
ICIDHは、障がいを3つのレベルで考えました。具体的には、疾病や変調が「機能障がい」を生じさせ、それが「能力障がい」を生じさせ、さらに「社会的不利」が生じるという考え方です。これらのレベルを矢印で示して、障がいの流れを構造的に考えました。
障がい者対応の基本として広く受け入れられた
ICIDHで提唱された疾病や変調から起こる「機能障がい」、「能力障がい」、「社会的不利」の3つのレベルを合わせた全体が「障がい」とされ、この考え方が障がい者対応の基本として広く受け入れられました。この概念は、障がいを構造的に理解するための枠組みとして世界各国で翻訳され、さまざまな場面で使用されるようになり、やがて国際分類系の一部として定着しました。
批判的な声が上がるようになった
しかし、この考え方が広まるにつれて、「障がいそのものをマイナス的に捉えている」という批判や、「一方的な矢印だけではない」という意見が出るようになりました。
ICIDHへの障がい者自身からの批判として、「病気や障がいが悪いことと捉えられている」という意見が提起されました。また、左から右へと一方向的な矢印で書かれたこともあり、「ある病気になれば必ず機能障がいが起こり、必ず能力障がいを招いて、社会的不利が生じる、という運命論ではないか」という批判もありました。
実際のICIDHは、逆方向の影響もあると考えていたものの、中途障がいから社会復帰というリハビリテーションの一般的な流れをイメージしたことから、この誤解を広めたとされます。
WHO総会で国際障がい分類改定版が満場一致で承認
その後、1990年頃から改訂の動きが出てきて、2001年5月22日にジュネーブのWHO総会で国際障がい分類改定版が満場一致で承認されました。これが、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)の概念と呼ばれるものです。
ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)は、従来の障がいや障がい者に関する基本的な視点を根底から覆す概念として生まれました。ICFは、人間を生活する主体として捉え直すことを目指しています。
これは、障がいを「障がいのある人」と「障がいのない人」という二元論的な考え方ではなく、すべての人を「生活をする主体」として考えることを提唱しています。
生活のしづらさが問題として明確になる
この視点転換により、「障がいのある人」と「障がいのない人」ではなく、生活のしづらさが問題として明確になります。その原因は多岐にわたるものの、重要なのは「生活がしづらい」という事実です。
ICFは、障がいを治療の対象とみることを否定するものではありませんが、生活という観点からすべての人間を捉え直すことで、障がいへの新しい概念が生まれることを促しています。
パラダイムシフトと呼ばれている
このような大きな概念の変化は、ICIDHからICFへのパラダイムシフトと呼ばれています。ICFは、障がいを生活の側面から包括的に捉えることで、より包括的で人間中心のアプローチを提供しています。
ICF「心身機能・身体構造」「活動」「参加」
ICFは、人間の生活機能とその障がいに関して、アルファベットと数字を組み合わせた方式で分類します。この分類は、「心身機能・身体構造」、「活動」、「参加」という3つの次元で人間の生活をとらえ、それらに影響を及ぼす環境因子や個人因子によって構成されています。約1,500項目にわたる多様な要素が分類されています。
日本では2002年にICFの考え方を導入
厚生労働省は、2002年にICFの考え方を導入し、「これまでのICIDHが身体機能の障がいによる生活機能の障がいを中心に分類していたのに対し、ICFは環境因子を加味し、例えば、バリアフリーなどの環境を評価できるようになっている」と述べています。
これは、障がい者だけでなく、全国民の保健・医療・福祉サービスや社会システム、技術のあり方を示唆しています。そして、「生活機能分類という視点」や「言語の共通化」を強調し、生活のしやすさが個人の問題だけでなく、環境因子も含めて重視されることを示しています。
生活機能と環境因子が関与し合うことを認識
ICFの概念では、「環境因子」の概念を明確化し、生活機能と環境因子が双方向に関与し合うことを認識しています。これにより、障がいや障がい者に対するアプローチがより包括的で人間中心のものになることが期待されています。
3つの要素がそれぞれ双方向の矢印で示される
ICIDHとICFを比較すると、ICFでは「心身機能、身体機能(機能障がい)」、「活動(活動制限)」、「参加(参加制約)」の3つの要素が、それぞれ双方向の矢印で示されています。一方、ICIDHでは障がいによる機能障がいが能力障がいを引き起こし、社会的不利につながるという一方向の流れでした。
ICFでは、これらの要素が互いに関連し合い、相互作用することを示しています。また、それぞれの要素には「環境因子」と「個人因子」が大きく影響し合うことも示されています。
より具体的なものに変化
具体的には、「心身機能(body functions)」は心理的な機能を含む身体系の生理的機能を指し、「身体構造(body structures)」は身体の器官や肢体など身体の各部分を指します。「機能障がい(impairments)」はこれらの心身機能または身体構造上の問題を表します。
「活動(activity)」は個人が課題や行為を遂行することを指し、「活動制限(activity limitations)」はその活動を行う際に個人が経験する困難さを示します。
具体的な例としては、ベッドから起き上がる、イスから立ち上がる、食事をする、衣服を脱着する、歩行、入浴、歯磨き、化粧、ひげそりなど、日常生活動作(ADL)が該当します。他にも、寝返りを打つ、トイレの便器に移るなど、生活上の基本的な動作全般が含まれます。
一方、「参加(participation)」は個人の生活や人生場面への関わりを指し、「参加制約(participation restrictions)」はその関わりに際して経験する困難さを示します。例えば、学校に行って児童、生徒、学生として勉強する、会社に行って仕事をするなどが挙げられます。
社会的な出来事への関与や役割の果たし方、主婦として家事全般を行うこと、PTAの役員を務めること、趣味の絵画の個展を開くことなども「参加」に含まれます。遊びに行くことや結婚式に出席することも「参加」の一部です。
「活動」と「参加」の違い
「活動」と「参加」の違いは、個人の生活レベルと社会や人生に関わるレベルで判断されます。個人の活動は日常生活の中で行われる具体的な行動や動作を指し、その制限は主に個人の身体的・心理的な機能に関連します。
一方、「参加」は社会的な出来事や人生の場面への関与を指し、その制約は主に社会的な要因や個人の状況によって生じます。両者は個人によって重なることもありますが、基本的な区別はこのようにされます。
「環境因子」と「個人因子」が重要
これらの活動と参加に影響を与える要因として、「環境因子」と「個人因子」が重要視されます。「環境因子」は、物理的な環境や社会的な環境など、個人の外部に存在する要因を指し、人々の社会的な態度なども含まれます。一方、「個人因子」は、個人の人生や生活の特徴、背景、およびその人自身の特性を指します。
環境因子は、個人の外部にある物理的、社会的、態度的な環境が影響を与えることを示しています。これらの環境因子は、個人の課題遂行能力や心身機能・構造に対して肯定的または否定的な影響を及ぼす可能性があります。
つまり、環境因子は生活機能と障がいの3次元すべてに影響を与え、その影響にはプラスもマイナスも両方があることが指摘されています。
第1レベルの分類として5つの項目
環境因子の分類には、第1レベルの分類として5つの項目があります。「生産品と用具」、「自然環境と人間がもたらした環境変化」、「支持と関係」、「態度」、「サービス、制度、政策」がその例です。
それぞれの項目には、第2レベルの下位項目があります。例えば、「支持と関係」には、「家族」や「友人」などが含まれます。このように、階層が下がるにつれて具体性が高まり、それぞれの項目に対する評価が可能になります。
障がいの有無に関わらずすべての人々に適用される基準
これらの分類は、障がいの有無に関わらず、すべての人々に適用される基準として考えられています。つまり、共通言語としての意味を持っています。現代の障がい観は、共生社会という概念を基盤とし、障がいの有無にとらわれず、生活のしやすさやしにくさを重視する見方に変わっています。
時代とともに変化してきた障がい者の社会関係などを振り返り、障がいや障がい者をどのように捉えてきたのか、また、どのように変化してきたのかを学習しました。
現代社会において求められる共生社会の概念を支える障がい観を、再考することが重要です。
まとめ
現代社会において求められる共生社会の概念を支える障がい観を、再考することが重要です。ICIDHからICFへの進化は、障がいや障がい者を捉える視点を根底から変え、生活のしやすさやしにくさを重視する見方への移行を示しています。
人間中心のアプローチを提供するICFの概念は、障がい者だけでなく、社会全体における福祉や包摂のあり方にも影響を与えています。この進化は、障がい者の社会関係や地位が時代とともに変化してきたことを振り返り、将来に向けてより包括的なアプローチを模索する重要な一歩です。
参考