2024.08.28

「複雑性PTSD」と服薬する際に「知っておきたいこと」トラウマ治療の新たな一歩

あなたは本当にトラウマのことを知っていますか?自然に治癒することはなく、一生強い「毒性」を放ち、心身を蝕み続けるトラウマ。

講談社現代新書の新刊・杉山登志郎『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』では、発達障がいと複雑性PTSDの第一人者である著者が、「心の複雑骨折」をトラウマを癒やす、安全かつ高い治療効果を持つ画期的な治療法を解説します。

本記事では〈依存性、効果、副作用など…精神科医が明かす、精神科で用いられる薬についての「意外と知られていない事実」〉にひきつづき、TS処方についてくわしくみていきみていきます。※本記事は杉山登志郎『トラウマ 「こころの傷」をどう癒すか』より抜粋・編集したものです。

 

TS処方の実際

重症のトラウマにはさまざまな心身の症状が現れることはお分かりいただけたと思います。症状として並べると、不眠、抑うつ、気分の上下、健忘、解離、(解離性)幻覚など。これを普通のカテゴリー診断に当てはめると、うつ病、双極性障がい、解離性障がい、心的外傷後ストレス障がい、統合失調症、注意欠如・多動症、自閉スペクトラム症など、多数の診断基準を満たすことになり、それぞれに対応した薬が出されると、ものすごい多剤、大量処方になってしまうわけです。

 

症状について、整理整頓すると、(1)フラッシュバックそのものの症状と(2)フラッシュバックに関連して生じる関連症状があります。後者は、気分の変動に関連する症状および、興奮しやすくなったり攻撃的な言動を行うなどの症状があります。

 

こうしたフラッシュバックに関連する二つの症状とは別に、(3)不眠や、抑うつなどの重症トラウマには必発といってよいほどよく一緒に起きてくる周辺症状があります。このように複雑性PTSDにはさまざまな症状があるので、治療薬を適切に用いた薬物療法が必要になってきます。

 

薬の選択については、処方ができない医者以外の人にとって、詳しく説明を受けても……という意見が当然出てくると思うのですが、こと複雑性PTSDとなると服薬に際して、知っていただきたいことが多々あります。治療を受ける方々も薬物治療を知ることで過剰だったり、不適切な治療を受けずに済みます。さらにいえば、処方以前に、薬の飲み方そのものを取り上げておく必要があります。少し煩雑な記述になることをお許しください。

 

フラッシュバックに有効とされる薬は2系統

TS処方の中心は、フラッシュバックの特効薬である漢方薬と、極少量の向精神薬の組み合わせです。フラッシュバックに有効とされる薬は2系統あります。一つは、抗うつ薬で、特に選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)というグループの抗うつ薬で、こちらは一般的なPTSDに有効ということが示されています。ところが、SSRIは複雑性PTSDについては、有効性が確かめられていません。

 

それどころか、筆者の経験では、気分変動が著しくなってしまい、気分が落ち込んだときに死にたくなり、気分が上がったときには、周囲に攻撃的になって、子どもへの加虐が生じることもあるため、筆者は禁忌薬と考えています。

 

もうひとつのフラッシュバックの特効薬が漢方薬です。こちらはフラッシュバックに有効な組み合わせを発見した神田橋條治先生の名前を借りて「神田橋処方」と呼ばれることもあります。その基本処方は小建中湯(しょうけんちゅうとう)2包と十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)2包の組み合わせです。この2剤をまず処方し、治療を行っていく過程で漢方薬の味が変わり、飲みづらくなったら、飲みづらい方の漢方薬を別の薬に変えるというのが基本的な漢方薬の処方の仕方です。

 

さらに錠剤の漢方薬に変えてゆくことも可能です。しかし粉の漢方薬を錠剤にすると、一般的に、1包が6錠になります。ところで筆者は、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)6錠を分2(朝3錠、夕3錠)で出すようにしています。つまり1日に粉の1包を服用するのと同じ量になるわけですが、これでも何とか、フラッシュバックの噴出を防ぐことができます。

 

錠剤で桂枝加薬湯(けいしかしゃくやくとう)も四物湯(しもつとう)もあるのですが、両者を粉で出すのと同じ1日2包分処方すると、1回の服用量は朝も夕もそれぞれ12錠(桂枝加薬湯6錠+四物湯6錠)になり、服用が大変になってきます。有効性より安全ですんなり毎日飲める薬が最善薬になってきます。

 

次に、一般的な症状としての気分変動、もしくはイライラや攻撃的な行動への処方です。炭酸リチウムの極少量とアリピプラゾールの少量は、気分の上下への処方です。炭酸リチウムはもっと少なくてもよいのかもしれませんが、100分の1錠に相当する1mgというのは処方の限界です。実際に、「こんな処方できません」と薬剤師の先生から処方を拒否されることが時々起きます。

 

気分変動や月経前の耐えがたいイライラが非常に軽くなる

筆者が頼まれてしばらくスーパーバイズに通っていた伝統ある国立の児童精神科病棟でのことです。今どき入院治療が必要な子どもというのは圧倒的にトラウマが関係する子どもです。この病棟に入院して治療を受けている、発達障がい、境界性パーソナリティ障がい、場合によっては統合失調症という診断の、発達性トラウマ症と考えられる子どもたちに、この章で書いている処方を出してみてほしいと主治医にお願いしてみたのですが、炭酸リチウムの極少量処方を病院の薬剤師の先生から拒否され、結局、筆者が通う間に出してもらうことはできませんでした。

逆に言えばそれだけ極少量という処方の工夫は常識外ということなのでしょうか。しかし町の薬局の場合、「出してください」とお願いを繰り返し、処方してもらううちに、しばらくすると抵抗がなくなってきます。

 

処方をしたクライアントさんがこんな処方で改善しているのを目の当たりにするのが、何よりも優れた説得になります。この処方を実際に用いてみると、気分変動や月経前の耐えがたいイライラが完治はしなくとも非常に軽くなります。攻撃的な言動が問題になっているタイプには、アリピプラゾールをリスペリドンの少量に置き換えるだけです。これも高用量を最初から処方しないようにしています。

 

これにラメルテオンの10分の1錠に相当する0・8mgをこれに加えたものが基本処方です。ラメルテオンは1錠、半錠で服用すると普通の睡眠薬ですが、10分の1という少量処方を行うと、メラトニンを賦活させるだけの薬になり、日中の眠気などの副作用が少なく、しかも効果は比較的しっかりしています。ちなみに、この量でも眠すぎるというクレームを筆者はしばしば受けています。その場合には20分の1錠という処方をしています。

 

ここで、処方以前のことを書きます。それは、処方された薬の定期的服用ということがこれまた大変に難しいのです。こうした問題はふつうのクライアントにも共通する問題ですが、重症のトラウマの方の場合にはより顕著に現れます。

 

複雑性PTSDの方は、大変に不規則な生活をしている方が多く、食事や睡眠をとる時間もバラバラだったりします。先に触れましたが、ドタキャンも非常に多く、そんなときに、「薬が切れませんでしたか?」と尋ねると、9割以上、「大丈夫です。まだあまっています」という答えが返ってきます。2週間分の処方しか出していないのに、なぜ5週間経ってもあまっているんだ、と思うのですが、要するに最初からきちんと服用していないのです。その一方で、急に何もかも嫌になって、2週間分をまとめのみされることも非常に多いのです。

 

TS処方の良いところは、何と言っても中断やまとめのみに対して問題が起きにくい点です。極少量処方なので、まとめのみしても問題はおきず、一時的な離脱も大丈夫です。もともと処方薬を服用するということ自体が、対人関係の一部です。対人的な不信の塊の人たちに、きちんと服薬をしてもらうこと自体が難しく、治療が少し進んで、フラッシュバックが少しでも改善してから後になってくることを知っておかなくてはなりません。

 

子どもの基本処方

TS処方はもともとが少量処方なので、そのまま小学生以上の子どもに用いても問題は起きません。

向精神薬ですが、発達性トラウマ症の場合、幼児期から興奮しやすい、大暴れ、不眠といった過覚醒症状を示すお子さんが多く見られます。幼稚園年齢以下で、興奮しやすい場合には、リスペリドンの少量(0・2~0・3mg)の処方を行い、さらに不眠が強い場合には、だいたい自閉スペクトラム症の診断が可能になる子どもであることが多いので、メラトニン(メラトベル)の処方を行うことが一般的です。こちらも小学生の年齢になるとリチウムの極少量を加えた処方を用いることができるようになります。

 

幼児の場合には、対フラッシュバック用の漢方薬は、甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)1包を朝夕で2回に分けて服用を最初の処方にしています。おおむね幼稚園年齢の場合にはそれで良いと考えています。

 

漢方薬はすごくふしぎで、からだに合っているときはあまり不味くなく、すっと飲めるのです。これは子どもの場合には大変顕著です。この甘麦大棗湯も、もともと子ども用に作られた漢方薬ということもあり味は良く、子どもたちからあまり抵抗を受けることがありません。小学生年齢になると柴胡桂枝湯3錠1回か6錠2回に分けて、という処方が基本処方になってきます。漢方薬の服薬が継続的に出来るかどうかを確認しながら処方をしていきます。

その他の処方

不眠

もっとも多い不眠の訴えですが、睡眠の実態をしっかりと聞いておく必要があります。さらにしばしば大量のカフェインを飲んでいることがあるので、「エナジードリンク」などを飲んでいないか尋ねておく必要があります。エナジードリンクを午後、さらに夕方以後にも飲んだりしている場合、ほぼ例外なく、慢性の頭痛を抱えています。

 

睡眠リズムを夜型にすることや、基本的に早寝早起きのリズムにすることを何度も説得する必要があります。「こころとからだは同じものなので、こころの治療のためには健康な生活の維持が必要」ということを何度も繰り返す必要があります。

 

そもそも不眠には悪夢が深くかかわっています。寝ようとすると怖い夢に襲われるので、眠ること自体が辛くなり、場合によっては何ヵ所もクリニックを回って眠剤をかき集めて服用します。こうなると眠気は起きてこないので、そろそろ眠る時間ということで、さらに大量に眠剤を飲んで、死んだように眠ります(しばしば過量服用という事故もこの時に起きてきます)。

 

当然ながら朝は寝起きも悪いので、朝遅く起きてきます。昼は悪夢もなく安全なことに加えて、また眠剤の効果が残っているので昼寝を数時間します。それゆえ、夜にまた眠れない……、こんな乱れた睡眠リズムは決して珍しいものではありません。フラッシュバックの治療が進むと、悪夢の頻度が減るので、それだけでも睡眠のリズムの改善には大きな貢献になります。

 

そのうえで、追加する眠剤です。現在のところ、お勧めできる眠剤は1種類でレンボレキサント(デエビゴ)です。最低用量の半分、1・25mgの服用から頓服(症状に応じて飲むこと)で用いるようにしています。スボレキサント(ベルソムラ)も安全な良い眠剤ですが、悪夢が多く、トラウマ系の方には嫌われることがしばしば起きてきます。

 

一方、抗不安薬系の睡眠薬は恐らく禁忌に近いのではないかと考えます。前述したように抗不安薬自体が禁忌です。深夜に用いると抑制が外れ、行動化傾向が促進され、深刻な自殺企図や過量服用の危険性が一挙に増してしまいます。

 

問題はすでに大量の抗不安薬系の睡眠薬をこれまで精神科医から処方を受けて常用してきたという方が少なからずいることです。このような場合には、トラウマ処理を実施しながら、少しずつ安全な眠剤に切り替えて、抗不安薬系の薬を減らしていくという作業を行わなくてはなりません。この切り替えに6ヵ月以上要することも希ではありません。

 

抑うつ

基本的にはフラッシュバックの治療が1クール終了して、フラッシュバックが軽減されると、抑うつ自体も軽減してきます。しかし時々その後に、抑うつが強くなる方が確かに存在します。これをうつ病というのかどうか分かりませんが、初めて安全と実感できるようになったら、逆にこれまでの人生の疲れがどっと出てきてしまうという感じなのです。

 

筆者がこのような抑うつに試行錯誤してみて、比較的安全と感じる抗うつ薬は唯一デュロキセチン(サインバルタ)だけです。それでも20mg以上を用いないようにしなくてはなりません。最近になってジェネリック薬品が登場し、半錠(10mg)という処方が可能になりたいへん助かっています。こちらも有効性より安全性が大切です。

 

躁うつ病(双極I型)が後ろに隠れていた場合には、デュロキセチンでも躁転をする危険があり、気分調整薬の服用が必要になってきます。頻度としては少ないのですが、トラウマ処理を実施した後に、双極I型の躁うつ病が明らかになったという方を数例経験しています。

 

子どもの場合、トラウマ処理が1クール終わった後、グズグズと元気がなくなってしまうということがむしろよく起きてきます。こちらも本来は、少し養育者にくっつく生活をすることが一番なのではないかと考えますが、どうしてももう少し元気が欲しいという場合には、クロミプラミンの少量3mg~5mgを処方しています。ただしこちらは3ヵ月程度に限り、あまり長い期間の処方にならないように気をつけています。

 

PMS(月経前症候群)

これもトラウマ処理が1クール終了すると非常に軽減されるのが普通です。それでも月経前のイライラがすごく強いという訴えの時に行う処方です。漢方薬を用いる場合は、大柴胡湯(だいさいことう)6錠を1日2回に分けて、西洋薬を用いる場合は、セルトラリン12・5mg~25mgを1日1回、どちらも月経前のイライラした状況が生じる1週間だけ服用してもらいます。

 

不思議なことですがこのような頓服の服用を続けるうちに、周りに被害が及ぶようなイライラにはならなくなってきたということで、頓服をやめる方が多いようです。たぶんフラッシュバックの改善というのが何層かにわたっていて、1クール終了後もフラッシュバックの治療を重ねるうちに、治療のレベルがさらに進み、PMSの軽減までゆくのではないかと推察していますが、確信はありません。

 

頭痛

これも本当に多い症状です。いくつかの異なった病態があり、それを分ける必要があります。まずはフラッシュバックによる頭痛です。もともとフラッシュバックが慢性痛の形で起きてくるというのは珍しくありません。心理的な痛みと生理的な痛みが相互に区別がつかないという状態が起きてくるからです。

 

先日もこんな体験をしました。何年にもわたって親子で簡易型トラウマ処理を繰り返して受けているお母さんです。複合的なトラウマ体験があって、覚醒剤の経験もあり、大変に重症だったのですが、徐々に安定してきて、どこで卒業をしようかという話が出てくるところまできていた方です。

 

そのお母さんの母親(子どもからみると祖母)は虐待を繰り返していた人で、このお母さんは自分の母親に会うことをずっと避けてきました。お正月あけの外来で、久しぶりに激しい頭痛を訴えました。4セットによるトラウマ処理を実施してみると、痛みが首の後ろ側に集中するのが分かりました。この部位が痛くなるというのは、強い解離が起きた時の症状なのです。あれっと思い、「お母さんにお正月に会いましたか?」と確認してみると、ビンゴでした。

 

「娘が成人で、晴れ着を着たので祖母に会わせないわけにもいかず」と娘さんと一緒に、自分の母親に会ったのだそうです。それ以後に、激しい頭痛が生じるようになったことが分かりました。要するに久々に心理的な強い揺さぶりがあって激しい頭痛として現れたのです。パルサーによる4セットに加え、手動処理(パルサーを使わず、自分の手を交互にして左右交互刺激を行う)で鎖骨下、首、頭と処理を行うとのように(クライアントの言葉です)頭痛は消え去りました。このように、広義のフラッシュバック由来の頭痛は、トラウマ処理で対処できます。

 

次に気圧変動性の頭痛です。雨が降ると頭が痛くなるというあれですね。こちらは漢方薬に特効薬があって、五苓散(ごれいさん)という漢方薬を1包もしくは3錠を頓服で服用すると軽減します。もちろんアセトアミノフェン(カロナール)でも良いのですが、漢方薬のほうが副作用が少ないことと、なぜか安心感をクライアントに与えるようで、五苓散の錠剤の袋(3錠入っています)を握りしめていたら、気圧変動性の頭痛がよくなったという小学生までいました。

 

3番目が偏頭痛です。こちらもトラウマ系の症状との区別が本当につきにくいのですが、爆発的な痛みが生じるとか、体動をすると悪化するとか、痛みと同時に光や音が見えたり聞こえたりするとか、偏頭痛特有の症状を確認すると診断がついてきます。この場合には、イミグラン、リザトリプタンなど頭痛発作時における偏頭痛の治療薬の服用が必要になってきます。

 

腰痛その他

一般的には、頭痛と同じで、フラッシュバックの軽快と同時に軽減してきますし、トラウマ喚起対象に接近すれば増悪します。もう少し一般的な腰痛の場合によく行うのは遠絡療法です。これはつぼを2ヵ所刺激するだけなのですが、よく効いたと感謝されることが数多くあります。それからあまりに肩こりが強いときは、置鍼(皮膚を切らない微小な置鍼)をいつも手元に置き、必要があればクライアントに貼ってあげるというサービスをしています。どうもトラウマ臨床をしているとこの手の小技を身につけることが必要であると感じます。

 

薬が自分に合わないと思ったときは、率直に合わないことを伝えてください。また、あくまでも診断に基づいてという前提になりますが、親切な内科医、小児科医であれば、この薬を飲んでみたいと言えば案外処方してくれる時代になっています。

まとめ

トラウマ治療は、多くの困難を伴いますが、適切な薬物療法と専門的なケアによって、症状の軽減や改善が期待できます。杉山登志郎氏が提案するTS処方は、複雑性PTSDに苦しむ人々にとって、安全で効果的な治療法を提供する一つの道標となるでしょう。自分自身や大切な人を守るために、正しい知識と治療法を手に入れることが大切です。

 

参考

攻撃的になったり気分が落ち込んだりしてしまう「禁忌薬」も…「複雑性PTSD」で服薬する際に「知っておきたいこと」(現代ビジネス) #Yahooニュース

 


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