2024.06.14

「発達性トラウマ」とは?トラウマの理解が人と組織を大きく変える

近年、「トラウマ」の理解が急速に進んでいます。この「トラウマ」は実は誰もが抱えているものであり、その理解を深めることで、職場環境を劇的に改善する可能性があるとされています。トラウマを理解することで、真に生産的で、イノベーションの源泉となる職場を築くことができるのです。

 

ITmediaエグゼクティブ勉強会のライブ配信において、公認心理師のみき いちたろう氏が登場しました。彼は2023年2月に発表された著書『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』を基に、「あなたの職場が働きづらいのは、実は“トラウマ”のせいかも? ~『発達性トラウマ』を知れば、人と組織は大きく変わる~」というテーマで講演を行いました。

 

トラウマの理解がいかに個人と組織を変革させるか

みき氏は、大学在学中からカウンセリングに携わり、20年以上の臨床経験を持っています。彼が設立したブリーフセラピーカウンセリング・センター(B.C.C.)では、トラウマ、愛着障がい、吃音などのケアを専門に提供しています。さらに、著述活動やテレビドラマの制作協力も行っており、「遺留捜査」や「科捜研の女」などの医療監修も担当しています。

 

彼の講演では、トラウマの理解がいかに個人と組織を変革させるかについて深く掘り下げられました。発達性トラウマの理解が進むことで、人々はより良い職場環境を構築し、結果として高い生産性と創造性を引き出すことができるというメッセージが強調されました。このような理解は、個々の従業員のウェルビーイングだけでなく、組織全体の成功にも直結する重要な要素です。

 

身近になった「トラウマ」への理解

よく耳にする「トラウマ」という言葉ですが、どのようなイメージを持っていますか?多くの人は、特別な出来事に遭遇した人が経験する特別な事象と考えるかもしれません。しかし、トラウマは特別なものではなく、日常の慢性的なストレスによっても生じるものであり、近年では誰もがトラウマを抱えているといわれるようになっています。例えば、仕事でのパフォーマンス低下、対人関係の問題、うつ症状なども、実はトラウマが原因と考えられています。

 

現在、トラウマを負うと発達障がいに似た症状が生じることも分かってきています。これは「第四の発達障がい」とも呼ばれ、発達障がいと疑われる多くのケースの原因が、実はトラウマや愛着障がいなどの後天的な環境要因にあるのではないかと考えられています。

 

近年急速に研究が進んできた「トラウマ」は、メンタルヘルスのみならず、人間の本質(生きやすさ、働きやすさ)にも深く関わる重要な概念です。トラウマを理解することが、マネジメントや職場の生産性、創造性の改善にも役立つとされています。

 

トラウマによって生じる身近な症状

トラウマが原因で生じる身近な症状には、緊張しすぎる「過緊張」や、気を使いすぎる「過剰適応」などがあります。これまではトラウマとはとらえられてこなかったこれらの症状も、実際には慢性的なストレスによるものです。一見「どこにでもある」と思えるような家庭の不和や親の過干渉など、身近な出来事からトラウマが生じるのです。

 

子どもの前での夫婦げんか深刻なダメージに

最近では、子どもの前での夫婦げんかが子どもに深刻なダメージを与えることが分かってきています。他にも、テレビを見ながらタレントの悪口を言い続けたり、親族やご近所の方の悪口を子どもに聞かせ続けたりすることも、大きなトラウマの原因となります。

 

これまであまり研究や理解が進まなかった「トラウマ」ですが、近年になり、ようやくその状況が変わりつつあります。トラウマの理解が進むことで、個人の生活や職場環境がより良くなり、生産性や創造性を引き出すことができるようになるでしょう。

 

トラウマをめぐる経糸と緯糸

現代的な意味でのトラウマの概念は、19世紀後半の産業革命から始まるとされています。産業革命によって鉄道などが発展し、日常の些細なミスが大惨事を引き起こすようになりました。

その結果、鉄道事故などで身体に目立った外傷はないのに心身に不調をきたす人々が続出しました。このような症状に対し、イギリスの外科医ジョン・エリクセンが「鉄道脊椎症」という名前を付けたことが、トラウマに関する最初の診断名とされています。

 

第一次世界大戦後も、目立った外傷がないのに心身に不調をきたす兵士が続出し、「シェルショック」と名付けられました。

さらに、心理学者のピエール・ジャネや精神科医のジークムント・フロイトがヒステリーの研究を進め、その原因として幼少時のトラウマ体験や性的虐待があるのではないかと推測しました。しかし、その証明は難しく、学会からの激しい批判を受け、フロイトは研究の方向性を転換せざるを得ませんでした。

 

トラウマをめぐる経糸と緯糸

その後、トラウマ研究は停滞し、無関心の時期が続きました。しかし、ベトナム戦争を経て、1980年代以降にトラウマは再び注目されるようになります。1992年には、精神科医のジュディス・ハーマンが「複雑性PTSD」を提唱し、2018年にWHOで正式な診断基準として採用されました。それまで、身近な生きづらさや困難な事象は、発達障がい、パーソナリティ障がい、HSPなどさまざまな代替概念で語られてきました。

こうしたトラウマ理解の停滞を変えたのは、トラウマ以外の領域での研究や調査の進展、そして社会の変化です。以下の4つの要因がその変化を促しました。

  • 幼少期の逆境体験とその後の心身の健康との関係についての量的な研究の進展
  • 脳科学による、虐待が及ぼすダメージの可視化
  • 生理学による理論的な裏付け
  • 虐待やハラスメントに対する社会の認識の変化

 

1. 幼少期の逆境体験とその後の心身の健康との関係についての量的な研究の進展

「愛着研究」と「ACE研究」が大きく進展しました。愛着とは、安全基地とも表現され、人間が成長するための土台です。愛着が不安定になると、社会適応や心身の健康が阻害されることが分かっています。また、ACE(小児期逆境体験)研究では、約1万7千人を対象にした調査から、成人の心身の疾患と小児期の逆境体験に関連があることが明らかになっています。

 

2. 脳科学による、虐待が及ぼすダメージの可視化

1990年代以降、fMRIやMRSなどの画像診断装置が進歩し、虐待によってトラウマを負った人の脳の実情が明らかになりました。トラウマを負った人の脳には、特定の部位が膨張または収縮し、機能障がいを引き起こすことが分かってきました。例えば、性的虐待を受けた場合には視覚野の容積が減少し、体罰では前頭前野が減少することが明らかになっています。

 

3. 生理学による理論的な裏付け

精神生理学の研究者であるスティーブン・ポージェスが提唱したポリヴェーガル理論により、自律神経の成熟が社会適応と関連していることが明らかになりました。トラウマ治療において、ボディワークなどの新しい心理療法がこの理論に基づいて開発されています。過緊張や過剰適応なども、自律神経の失調が原因と考えられています。

 

4. 虐待やハラスメントに対する社会の認識の変化

アメリカでは1960年代から児童虐待が公式に認知されるようになりました。日本においても、虐待や親子・家族関係の問題への理解が進んでいます。ハラスメントについても、2000年代以降急速に理解が進み、日常のコミュニケーションに潜む精神的なダメージが明らかになってきました。

 

これらの要因が重なり合うことで、トラウマに関する理解が深まり、個人の生活や職場環境がより良くなり、生産性や創造性を引き出すことができるようになりました。社会がトラウマを認知し理解するために必要な理論やエビデンスがほぼ出揃った今、トラウマはその存在自体が問題になることは少なくなり、いかに予防し、治療していくかに焦点が当たるようになっています。

 

トラウマとは、「ストレス障がい」である

トラウマの理解を妨げてきたもう一つの要因は、トラウマを「心の傷」として特別視してきたことです。トラウマは心の傷として捉えるのではなく、「ストレス障がい」として理解することが、現実に即しており、当事者の日常の実感とも連続性があります。

 

トラウマ≒ストレス障がい+ハラスメントともいえます。トラウマは、ストレス障がいに加えてハラスメントを受けることで、より複雑化していきます」と、みき氏は述べています。

 

慢性的に弱いストレスがかかるような状況に対処するのは難しい

では、ストレスとはいったい何なのでしょうか。ストレスは生理学者ハンス・セリエによって発見され、「生体の変化」を意味しています。ストレスを生む刺激のことを「ストレッサー」と呼びます。

ストレスに対する誤解の一つに「ストレスが心身にとってダメージになるかはストレスの強さによって決まる」というものがありますが、これは誤りです。大規模災害があっても、多くの人はPTSDとならずに回復することからも分かるように、生物は短期の大きなストレスには比較的耐えられます。

しかし、弱いストレスが慢性的にかかるような状況に対処するのは難しいのです。戦争によるストレスの多くも、ローリスクストレッサー(強度の低いストレス)によるものと指摘されています。

 

ベトナム戦争でも、兵士にPTSDが増えたのは終盤です。敗北意識、戦局の不確実性、短時間での復員による感情表出やフラストレーションの発散の制限、反戦運動による社会の風当たりの強さなども、PTSDの要因になりました」と、みき氏は語っています。

 

日常のストレスもトラウマとなる

また、日常のストレスもトラウマとなることが知られています。日常のライフイベントにかかるストレス点数を数値化すると、「配偶者の死」が最も高く83点、「離婚」が72点、「夫婦げんか」が48点でした。しかし、一見プラスと思われるライフイベントでも高いストレス点数が付けられています。「結婚」が50点、「新しい家族が増える」47点、「長期休暇」35点といった具合です。

 

これらのストレッサーの合計値と精神疾患との関連を調べると、400点以上で78.8%、300点台で67.4%、200点台で61.2%、100点台で57.1%、100点未満でも39.3%の人にリスクがあることが分かっています。

 

特にハラスメントの影響は甚大

さらに、心理学者リチャード・S・ラザルスは「重大なライフイベントだけでストレスを定義するのは適切ではない」「驚くべきことに、日常的な混乱のほうが重大なライフイベントよりも、健康障がいにとって重要な要因であることを見いだした」と述べています。

こうした視点から見直すと、日常には、仕事でのストレス、家庭内でのストレス、対人関係のストレスなど、危険なストレスがたくさんあることが分かります。特に、ハラスメントの影響は甚大です。

ハラスメントとはなにか?

フランスの精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌが発見した「ハラスメント」ですが、その起源はアメリカの人類学者グレゴリ・ベイトソンが発見した「ダブルバインド」概念にあります。ダブルバインドとは、矛盾するメッセージが同時に伝えられ、その結果として人間の自由な精神活動が妨げられる現象を指します。

 

具体例として、上司が自己都合や不全感から行っている言動にもっともらしい理屈をつけて部下を偽ルールに従わせることが挙げられます。ハラスメントは、人の社会性やよりよく生きようとする意志を悪用して人間関係に入り込んでくるものです。ハラスメントは、トラウマの心理面での主要な原因の一つであり、長引くトラウマには必ずハラスメントが影響していると言えます。

 

トラウマによって“自分”が失われる

トラウマの中核にあるのは“自己の喪失”です。愛着不安、自律神経の乱れ、脳の機能障がい、そしてハラスメントによって、自分自身を失ってしまうのです。

 

みき氏は、トラウマを抱えた人の状態を「ログインしていないスマートフォン」に例えています。「一見するとちゃんとしたスマートフォンに見えますが、自分のIDでログインできていないため、ネットワークに繋がらず、機能が制限されていたり、意図するメッセージが送れなかったりします」とみき氏は述べています。つまり、外見上は正常に見えても、内面では自己の統合が失われ、本来の機能を発揮できない状態に陥っているということです。

 

トラウマと職場環境の改善

トラウマを負うことによって自己が失われ、その結果として過緊張などのさまざまな症状が発生します。これらの個別の症状は、自己を統御できないことによって生じているともいえます。

さらに、トラウマは「対人関係の障がい」をも引き起こします。対人関係は社会的存在としての人間を成り立たせる根幹ですが、自己の喪失、自律神経の機能不全、脳の失調のために対人関係がうまく築けなくなり、その障がいにより生きづらさから抜け出せなくなるのです。

 

トラウマとは、「慢性的な(あるいは強い)ストレスやハラスメント」を受け、ハード面では「脳や自律神経の失調(ストレス障がい)」が、ソフト面では「自己の喪失(ログインできない)」が、そしてネットワーク面では「対人関係の障がい」が起きることを指します。

 

ストレスのメカニズムから見ても、トラウマは身近なもので、誰もがトラウマを抱えているといっても過言ではありません。職場でメンタルヘルス管理や環境改善、チーム作りなどを行う際には、トラウマとは何かを理解する必要があるでしょう。

 

職場改善 トラウマティックな環境から創造的な環境へ

オーストリア出身の経営学者、ピーター・ドラッカーは、組織のマネジメント論を体系化した著書「マネジメント」で知られています。彼は反“支配(トラウマ)”のための手段としてマネジメントを構想していました。

もともとドラッカーがテーマとしていたのは、「反全体主義」「反支配」で、人が人を支配しないための方法を考え、組織をうまく経営するための方法が必要だということで、彼のマネジメント論が生まれました。彼の著書をハラスメントやトラウマを理解して改めて読み直すと、マネジメントで何を言おうとしていたかがよく分かります。

 

しかし、ドラッカーの意に反して、多くの職場ではハラスメントが横行し、トラウマティックな環境となっています。真に生産性、創造性が求められる時代には、その見直しが必要です。

 

人間の脆弱性を理解する必要

誰もがトラウマを抱える中で職場環境を作り上げていくためには、それぞれがその人らしくいられる環境づくりが重要です。人間は、誰もが不全感(=トラウマ)を抱えていますが、環境に余裕があればその凸凹は目立たず、むしろ特徴や持ち味として発揮されます。余裕がなくなると、その凸凹が解消されず、不全感を解消しようとしてトラウマが再生産されてしまいます。

 

それぞれがその人らしくいられる環境づくりのためには、トラウマ・ハラスメント研究の知見を生かし、人間の脆弱性を理解する必要があります。ソーシャルサポートの活用、意図的な予測可能性、弱音を吐くといった感情発散ができるか、コントロール可能性があるかなど、トラウマ・ハラスメント研究を生かすことが必要です。

 

安心・安全な職場の重要性

人間の脆弱性の中でも重視すべきは「安心・安全の重要性」です。これは、ビジネス学者のエイミー・C・エドモンドソンが提唱する「心理的安全性」とも共通しています。従来のような打たれ強さが重視されるトラウマティックな職場から、感受性、創造性が重視される「弱みを見せることができる安心・安全な職場の風土」づくりが重要です。

 

近年、ビジネスシーンで叫ばれているパーパスやコンプライアンスの順守なども、脆弱性から職員を守るためであると捉えると、その本質が別の側面からも理解できると思います。これからは心理的安全性を感じられる愛着的な職場への転換が求められています。

 

ハラスメントの理解と創造性の発揮

ハラスメントについて深く理解することも重要です。トラウマの特徴の1つであるハラスメントを深く理解することで、創造性を発揮するための要件がさらによく分かるようになります。職場のコミュニケーションも劇的に良くなるため、良い職場づくりにはハラスメントについての理解を深めておく必要があります。

 

トラウマやハラスメントについて知ることは、人間の仕組みや人間らしさの要件の理解につながります。トラウマ研究が進んだことで、マネジメントが本来の形で機能する前提条件が整いつつあります。真の意味で生産性、イノベーションの源泉となる職場づくりのためにも、トラウマやハラスメントを理解し、経営に生かすことが重要です。

まとめ

トラウマの理解が深まる中、職場環境の改善はますます重要となっています。誰もがトラウマを抱える中で、人々が自己を取り戻し、個々の特性や持ち味を活かせる環境づくりが求められます。これによって、真に生産的で創造的な職場が構築され、組織全体の成功につながるでしょう。

 

参考

トラウマを知り、人間のしくみを知る。「発達性トラウマ」の理解が人と組織を大きく変える

 


凸凹村や凸凹村各SNSでは、

障がいに関する情報を随時発信しています。

気になる方はぜひ凸凹村へご参加、フォローください!

 

凸凹村ポータルサイト

 

凸凹村Facebook

凸凹村 X

凸凹村 Instagram

凸凹村 TikTok


 

関連情報

みんなの障がいへ掲載希望の⽅

みんなの障がいについて、詳しく知りたい方は、
まずはお気軽に資料請求・ご連絡ください。

施設掲載に関するご案内